東京高等裁判所 昭和45年(く)143号 決定
ところで、本案記録ならびに本件記録によれば、本案第一回公判期日において、被告人の公訴事実に関する認否が行われ、次いで被告人の意見陳述の段階に入り、被告人は「私は階級闘争の歴史という観点から発言しようと思う。私も歴史というものに参加しようとしているが裁判官も人間を裁くという行為によつて歴史に参加している訳である。我々は新たな歴史を創造しようとしているのに対し、裁判官は古い歴史にしがみついて新しい歴史の流れを逆にまわそうとしている。」旨発言し、裁判官から『古い歴史にしがみついて』という言葉は裁判所を誹謗するものと解せられるから、このような発言をしてはならないと注意されたものであることが認められるところ、右のような発言は裁判官を誹謗し、裁判の威信を害するものであることには疑いはなく、被告人は階級闘争の歴史という観点から事件の背景や被告人の公訴事実の所為に及んだ動機等について陳述しようとしたものと思われるが被告人が信念として裁判官が新しい歴史の流れを逆にまわそうとすると考えていたとしてもそれを法廷において陳述することは不穏当な言動として許されるべきではない。しかるにかかる言動は憲法において定められた「言論、表現の自由」に属するから公判廷においてもこれを陳述することも自由でこれを制限するのは憲法の保障を侵すものというが如きは独自の見解にすぎない。そして、右記録によれば、裁判官は被告人の前記発言を裁判所を誹謗する穏当をかくものであると判断し、被告人に対し再度注意、警告を発して、次の意見陳述を促し、かつ、弁護人ら(抗告人ら)によるその注意、警告を不当とする旨の「脅迫のもとでは発言できない」とか、或いは「処罰するなどという言い方でなく表現方法を変えるよう注意されたい」との発言がなされ、さらに裁判所の措置が不当であるとの発言がなされたに対し、裁判官は、言論の自由にも制約があり自分の考えることなら何をいつてもよいということにはならない、法廷の秩序や裁判の威信を害すれば処罰されるのは当然である旨説明し、この点についての発言を禁止したのである。しかるに、内野弁護人は発言禁止は表現の自由を侵す旨、高橋弁護人は「右発言の内容は、弁護側が立証しようとする事項に関するから発言禁止はできない」と主張し、同弁護人は裁判官が偏見をもつているとして訴訟指揮について異議を申し立てたが、棄却された。それにも拘らず、内野弁護人は、右発言禁止の訴訟指揮に服さずついに退廷を命ぜられたものであることが認められる。右裁判官の訴訟指揮または法廷秩序維持のための措置に所論の如き違法、不当のかどは存しい。以上説明したところと同旨の原決定の判断には誤りはない。右所論はいずれも採用できない。
(井波 足立 丸山)